最高裁判所第一小法廷 平成8年(オ)1845号 判決 1997年6月05日
岡山県浅口郡鴨方町大字六条院東三二九四番地の一
上告人
かも川株式会社
右代表者代表取締役
虫明茂松
右訴訟代理人弁護士
小林淳郎
岡山県浅口郡鴨方町大字六条院中二九六五番地
被上告人
岡山手延素麺株式会社
右代表者代表取締役
横山順二
右訴訟代理人弁護士
丹羽一彦
田中克幸
右当事者間の広島高等裁判所岡山支部平成七年(ネ)第一二七号商標権共有確認等請求本訴、商標使用差止請求反訴事件について、同裁判所が平成八年五月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人小林淳郎の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)
(平成八年(オ)第一八四五号 上告人 かも川株式会社)
上告代理人小林淳郎の上告理由
第一、 原判決は「当裁判所の争点に対する判断は、第一審判決の事実および理由の「第三 争点についての判断」と同一であるからこれを引用する」と述べ、第一審判決を(一部語句の修正はあるが)鵜呑みにして、被上告人の真剣で詳細な控訴理由について何ら判断を示していないのである。しかしながら第一審判決には法令違背すなわち法令(契約)の解釈適用の誤り、および理由不備、理由齟齬の違法があるので、これが判決に重大な影響を及ぼすことは明らかである。
第二、 上告人は、先ず本件商標権の共有を主張するものであるが、仮にそれが認められないとしても、本件使用許諾契約の解除の効力については争うものである。
一、 第一審判決は本件使用許諾契約の解除の効力について、同判決書第三(争点についての判断)の三の2(一九丁裏から二〇丁表)において、左記のとおり総括的な認定および判断を示した。
記
本件取決事項就中本件合意事項は、本件商標を付した麺類の製造販売についての協定である本件覚書を継承するものであり、原告による本件商標を付した麺類特にレギュラー商品についての取引先を制限することによって本件商標の使用態様を限定したものであって、本件商標権使用契約及び本件公正証書が本件商標の使用主体を限定したのとあいまって本件商標の信用維持を図ろうとしたものであり、本件使用許諾契約の内容を構成するものと認めるのが相当である。
原告は、本件使用許諾契約と本件取決事項は無関係であり、成立時期も異なるし、本件取決事項には本件商標についての規定はないと主張するが、本件使用許諾契約と本件取決事項成立時が異なるのは、本件取決事項が本件覚書の継承として合意されたため、本件覚書の有効期限の終了時期を待って文書化されたに過ぎないものと考えられるし、本件取決事項には直接的に本件商標ないし本件商標権についての規定がないことは原告主張のとおりであるが、原告代表者本人尋問によっても、当時原告の製造する麺類に本件商標を付することは当然の前提であったことが認められ、原告の製造する麺類の取引先等の制限はすなわち本件商標の使用の制限であることは当事者間において暗黙の前提であったものと推認されるから、本件取決事項に本件商標についての直接の記載がないことが右認定を覆すものではない。
二、 しかし第一審判決の右認定には重大な誤りがあるとともに、右認定を前提とした各契約(本件覚書、本件取決事項、本件商標権使用契約)の解釈にも重大な誤りがある。
第一審判決は被上告人の我田引水、強牽付会の主張に引きづられ、それに乗っかかり、確固たる客観的証拠もないまま単なる憶測に基づいて、事実認定および契約(法律)解釈を行なったものである。
三、
1 先ず第一審判決は「本件覚書は本件商標を付した麺類の製造販売についての協定である」と述べ、いかにも本件覚書が、本件商標の使用についての協定であるかのような表現をするが、これは根本的に間違った前提に基づく判断である。
本件覚書は本件商標について定めたものではなく、本件商標については何も触れていない。勿論本件商標について、何の文言も記載されていない。
2 第一審判決が第二(事案の概要)の一(前提事実)の3(三丁表)において、争いのない事実として認定したように、本件商標は虫明、横山および藤原の三名が共同して創作し、被上告人の名義で登録されたものである。したがってその後、被上告人の系列会社として上告人と訴外会社(かも川手延素麺株式会社)が設立され、さらに右三名がそれぞれの会社を支配するようになったあかつきには、本件商標は三社が共有することになるものとの共通の認識を、右三名は有していたのである。
3 したがって昭和五七年五月二七日開催の訴外会社の株主総会で右三社は三社独立に際し、「今後かも川の商標権は三人で使用権を分け、他人または他社には使用を全く認めない。」と約束したのである。
右総会の議事録(甲一〇)は、総会で相対立したとされる相手の横山側が作成したものである(平成六年五月二〇日付原告代表者本人尋問調書一四、三三、三四項。乙二被告代表者第二陳述書三項。)から、内容は間違いなく、第一審判決も右3(三丁裏)において、争いのない事実の証拠としてこれを引用しているのである。
4 右議事録には「商標権は三人で使用権を分ける」と記載されているところ、この文章は一見、使用権のみを定めたもので、三者の共有は認めていないように見えるが、「三人で使用権を分ける」との表現はう誰かが誰かに使用権を許諾するという意味ではない。三人というのは、三人平等という意味であるから、「権利を共有する」どいう意味にしか解せられないのである。右使用権というのは、商標権の効力の中で最も重要な効果である「使用」に着目した(素人なりの)表現であるから、右使用権とは商標権そのものを指すものと解せられるのである。したがって「三人で使用権を分ける」とは「三人で商標権を共有する」という意味になうざるを得ないのである。
ちなみに三社独立を定めた右総会決議の時点では、三人のうち誰が被上告人を選択するのか、まだ決まっていない段階であったので、(すなわち、ひょっとすると虫明が被上告人を選択する可能性があったので、)被上告人が他の二社に使用権を許諾することになるとは、誰もが思っても見なかったところである。
もし、このとき虫明が被上告人を選択して、その代表者となっていたならば、今は攻守ところを変え、上告人が被上告人を攻めているかも知れないのである。しかしその当時は一社が他の二社を支配しようとは誰しも考えておらず、三人は本件商標権を三社の共有にしようと考えていたことは間違いないところである。
5 右株主総会での経緯を考えると、三社が本件商標を共有しまたは使用することは、右総会(昭和五七年五月二七日)で確認されたことであるから、同年一二月五日締結の本件覚書において、初めて定められたものではないのである。
6 したがって第一審判決が「本件覚書は本件商標を付した麺類の製造販売についての協定である」と、麺類の頭にわざわざ「本件商標を付した」との文言を附加することは誤りである。本件覚書は本件商標の使用について定めた協定ではなく、単に三社間の麺類の製造販売を限定した協定に過ぎないものである。本件商標の使用に関しては、以前からすでに決まっていたことであるから、本件覚書でわざわざ定める必要はなかったのである。
四、
1 次に第一審判決は「本件取決事項就中本件合意事項は…本件覚書を継承するものである」と述べるが、本件取決事項(昭和五八年八月九日作成)は本件覚書(昭和五七年一二月五日作成)を継承したものではない。
2 第一審判決が第三の三の1の(三)(一七丁表)において認定したように、昭和五七年三月頃藤原が病気入院したことが契機となって、訴外会社の株主総会(同年五月二七日)が開催され、三社独立体制が決議された。
なお右総会議事録には「三社で各会社の株式の交換を行ない、代表権を取って、各自運営することになった。」と記載されているところ、この決議の趣旨は、独立後の三社は従前のような分業的業務を行なうのではなく、各自が自由に製造販売を行なうことができるというものである。もし従前どおりの業務を続けるのであれば、わざわざ株式を交換して、一人が各自の会社の株式を独占する必要はなく、従来どおりの株式の持ち合いで良かったからである。
3 ところがその後、日清製粉岡山工場長およびアカザワ商事三宅氏が仲介に入って藤原入院中は完全独立を差し控えた方が良いという勧告があり(甲二原告代表者陳述書第二の三項)、これに従って本件覚書が作成された(同年一二月五日)のである。
4 しかし本件覚書の有効期限が昭和五八年八月二〇日であったので、同月九日に新たな内容の本件取決事項が作成されたのである。したがって本件取決事項就中本件合意事項は本件覚書の内容を継承したものではなかったのである。その内容は麺類の製造販売に関する協定ではあったが、本件覚書の内容である三社拘束の協定ではなく、本件株主総会の決議の精神に戻り、三社完全独立を基本とした新しい協定が合意されたのである。取決事項2項には「甲乙丙は設備、生産、仕入、販売その他一切について自由に行なうことができる。」と明記されたのである。右のごとく、本件覚書と本件取決事項とは基本的考え方が一八〇度異なるものであるから、本件取決事項が本件覚書を継承したものとはとうてい言えないのである。
五、
1 第一審判決は「本件合意事項は、原告による本件商標を付した麺類特にレギュラー商品についての取引先を制限することによって本件商標の使用態様を限定したものである」と述べ、ここでも本件合意事項は本件商標の使用態様を限定した合意であるとの認定をしているが、これは根本的に間違った考えに基づくものである。
2 すなわち前述したように本件覚書と本件商標とが無関係であると同じく、本件合意事項は本件商標とは無関係であり、本件商標の使用について限定したものではないのである。勿論本件合意事項の中には、本件商標使用についての文言は一切記載されていないのである。
3 本件合意事項は、今までの商権を維持し、三社間相互の競争を止めようという、麺類の取引制限を定めた合意に過ぎないのである。ただ取引制限の対象となった商品がたまたま本件商標を付したレギュラー商品であったに過ぎないのである。本件商標を付した素麺であっても、本件合意事項の対象外のものも存在するのであるから、本件合意事項が本件商標の使用を定めたものでないことは明らかである。
4 ちなみにレギュラー商品とは、例えばレギュラーガソリンと同じく、麺の普通の規格の商品を意味するに過ぎないものであって、商標を付するかどうかで区別された商品ではないのである。本件商標権の問題とは別の次元の用語である。
六、
1 また第一審判決は「本件合意事項は…本件商標の信用維持を図ろうとしたものである」と述べるが、これは見当違いも甚だしい判断である。本件合意事項の内容は本件商標の信用維持とは全く無関係であり、その信用維持のための定めをしたものではないし、そのような文言の記載も一切ない。
2 ただ本件取決事項の末尾の附随文に「以上を合意事項とするが、その他必要な事項が起れば、何時でも話し合い、かも川の商標を守る為、ひいては市場安定の為、前進的解決する事」と記載されているが、これをもって本件取決事項が本件商標の使用についての取決めであると言うことはできない。すなわち右文章は、「以上を合意事項とするが」とわざわざ断って、以下の事項(特にかも川の商標)が合意事項の内容でないことを明示しているのである。ただ、かも川の商標について記載した意味は、「かも川」は三社連帯の象徴であり、これを使用している三社が将来とも良く話し合い、相互の競争を止めて市場安定を図り、かも川商標ブランド製品の販売を拡大して行って、それぞれの会社の経営を守り、さらなる前進を期そうという決意・スローガンを掲げたに過ぎないものである。
3 本件合意事項の(二)では、上告人はレギュラー商品を関西・中四国では横山製麺、アカザワ商事以外に販売してはならないことを定めたに過ぎないものであり、その他の地区では同商品を販売することはできるのであるから、上告人が関西・中四国で販売したならば、本件商標の信用が低下するという理屈は成り立たない訳である。もし上告人がレギュラー商品を同規制地域内で飯売すれば、本件商標の信用が低下するというのであれば、他の地域でも低下する筈であるから、結局全国的に上告人の販売を禁止しなければ意味がない訳である。
4 そもそも横山製麺やアカザワ商事が販売すれば、本件商標の信用が維持できて、上告人が販売すれば低下するというのは、全く言掛りに過ぎないのである。この点について証人三宅将晴も平成六年一一月一八日付証人調書一八項において、上告人も「かも川」のブランド名を広めた事実を認めているのである。
5 ちなみに、もともとダンピング販売をしていたのは被上告人側であり、それによって被上告人が県内八〇%のシェアを確保したのである。そして被上告人は自分のシェアが確保され安定したあかつきには、今度は上告人に対してダンピング販売をするなと言うのであるから、誠に虫が良すぎる話しである。
なお上告人は未だかつて、ダンピング販売をしたこともなければ、品質を低下させたこともないのである。
6 したがって本件合意事項が本件商標の信用維持を図ろうとしたものとの判断は完全な誤りであり、本件合意事項はただ単に直接的営業利益を確保する目的で、取引先と価格を制限したカルテルに過ぎないものである。
七、
1 第一審判決は「本件合意事項は…本件使用許諾契約の内容を構成する」との結論的判断を述べているが、これは重大な事実誤認に基づいて契約を解釈したものであり、明らかに誤謬を犯しているものである。第一審判決の判断は憶測に基づくもので、極端な表現ではあるが、「夢想」とも言って良い程の誤判である。被上告人による客観的証拠に基づかない一方的虚言にうまうまと乗せられたものであり、上告人としてはただ「情けない」との一語に尽きるものである。
2 本件取決事項就中本件合意事項は単に経済的利益を確保するために具体的に取引先を制限し、商品価格を拘束するカルテル的協定を結んだものであるが、本件使用許諾契約を締結したとされる本件商標権使用契約書および本件公正証書(以下両書を本件公正証書等という)は(仮にこれが共有を定めたものでなく、使用許諾の契約であったとしても)、単に本件商標の使用に関して定めたものであり、どのように本件公正証書等を読んで見ても、その中に本件合意事項の内容特にカルテル的要素が含まれていると解することは、とうてい出来ないのである。
3 しかも本件商標権使用契約書の作成時期は昭和五八年二月二一日であり、本件取決事項は同年八月九日であるところ、本件商標使用契約書の方が本件取決事項より五か月余も先行しているのである。先に作成された本件商標権使用契約書の内容の中に五か月余も遅れて作成された本件合意事項の内容が、何故盛り込まれ、構成内容となるのであろうか。誰が考えても、詭弁としか言いようがないのである。
4 本件公正証書等は純粋に本件商標権の帰属または使用態様を定めたものであり、本件覚書とも本件取決事項とも関係はないのである。また本件公正証書等の中に、レギュラー商品の製造・販売、その取引先、価格等について定めた文言の記載はなく、レギュラー商品の品質低下の防止とか、本件商標の使用維持に関して記載された文言も存在しない。
5 本件公正証書等が作成された理由は、三社独立後にどれかの会社が倒産し、経営権が第三者に移った場合は、昭和五七年五月二七日の本件株主総会で決議された本件商標権の三社独占の約束が崩れるので、念のためにその翌年の昭和五八年三月二八日にあらためて右約束を文書化したものであり、本件覚書とか本件取決事項の内容とは、その時期・動機が異なり、全く関係のないものである。
八、
1 第一審判決は、「当時原告の製造する麺類に本件商標を付することは当然の前提であったことが認められ、原告の製造する麺類の取引先等の制限はすなわち本件商標の使用の制限であることは当事者間において暗黙の前提であったものと推認される」と述べ、A「原告製造の麺類」は、B「本件商標の使用」が当然の前提であったから、C「原告製造の麺類」の、D「取引先の制限」は、すなわちE「B(本件商標の使用)の制限」であると結論している。
2 しかし第一審判決の右論理構成には、論理の飛躍があり、正しくない。すなわちAからBの結論が生じ、かつCからDの結論が生じ、さらにAとCが同一であったとしても、Dから当然にE(Bの制限)が生ずるとは言えないのである。すなわち全部のCがDになる訳ではなく(関西・中四国以外の地域では制限がないから)、またBは本件商標の使用が当然というだけであり、その使用制限までも内容としているものでないから、DからE(Bの制限)の結論が当然導かれるものでないのである。
3 AからBが生じた事情と、CからDが生じた事情とは動機・原因が全く異なるのであるから、B(本件商標の使用)とD(取引先制限)とは全く無関係の事象なのである。すなわち本件商標は三人で共同して創作したという歴史的経緯から、本件株主総会で三社の共同使用が確認されたところ、これを受けて本件公正証書等が締結されたのである。これに対して本件覚書および本件取決事項は純粋に経済的利益の追及のみを目的とし、三社独立後の自由競争を回避して、取引先と価格の競争を制限することを内容とするもの(一種のカルテル)であるから、BとDとはその背景が全く異なるのである。
4 次に第一審判決は「本件商標を付することは当然の前提である」と述べる。このこと自体は誤りではないが、第一審判決は何故「当然の前提」であるかの理由の認識において欠けるものがある。上告人が従前から何回も繰り返して主張するように、本件商標は三人で共同して創作したものであり、三社独立後も三社がこれを共有し、またはこれを自由に使用する権利があることについては、三社が共通して認識するところであった。この意味で「本件商標を付することは当然の前提であった」のである。
5 しかし右「当然の前提」と「取引制限」とは全く関係のないものである。「取引制限」が直ちに「商標使用制限」につながることはあり得ないのである。「取引制限」は、三社が共同して本件商標を使用することとは関係なく、後から定められたものである。ただ取引制限の対象が、たまたま本件商標を付した商品であったに過ぎないのである。
6 また第一審判決は「取引制限はすなわち商標使用制限であるとの暗黙の前提であったものと推認される」と述べるが、これは根拠のない、非合理的な憶測に過ぎないと言わざるを得ない。
当事者が自己の権利(商標使用権)を制限することに同意するときに、これを文書化しないとは考えられず、しかも他の権利(取引先選択権および価格決定権)を制限するに際しては、本件取決事項を作成して、これを文書化しているのであるから、第一審判決の述べるような「暗黙の前提があった」とはとうてい認めることはできないのである。
7 第一審判決は「取引先制限はすなわち本件商標使用制限であることは当事者間において暗黙の前提であったと推認される」と述べ、この推認に基づいて、上告人が右取引先制限に違反した債務不履行を原因として、本件使用許諾契約の解除の有効性を認めたもの(二〇丁裏)であるところ、
いやしくも債務不履行で契約を解除するかどうか判断するときには、明文の規定または少なくとも当事者間に争いのない事実に基づいて、これを判断しなければならない。しかるに本件合意事項には本件商標使用制限の定めはなく、取引先制限の規定しかない。また本件公正証書等には取引先制限の定めはなく、本件商標使用制限の規定(すなわち本件公正証書第三条の株式または営業権譲渡禁止規定)しかないのである。
しかも上告人は本件合意事項と本件公正証書等とは無関係であるとの主張・立証を尽くして、争っているのである。したがって第一審判決が「暗黙の前提」とか、「推認」とかを根拠として本件使用許諾契約解除の有効性を認めることは誤りであると言わなければならない。
第三、
一、 第一審判決は本書第一の一記載の総括的判断を行なう前提として、同第三(争点についての判断)の三の1の(一)ないし(五)記載(一六丁裏から一九丁裏)の各事項についてそれぞれ第一次判断をしたが、その判断には次のとおり重大な誤りが数多く存在する。
二、 第一審判決は同(四)において「原告においても本件商標を付した麺類の製造を行う」と述べ(一七丁裏)、上告人製造の麺類には全て本件商標を付するものとの前提に立って判断しているが、これは間違いである。これについては後述するところであるが、上告人は本件商標を付さない麺類も製造販売していたのである。
三、
1 第一審判決は同(四)において「三社間において本件覚書を作成し、それぞれが製造する本件商標を付した麺類について、原告は明星食品に出荷する生麺を主体とし」と述べる(一八丁表)。
2 右によれば本件覚書においても「本件商標を付した」という枕言葉を麺類の頭に付けているが、これは第一審判決が上告人敗訴の結論を導くために意識的に設定した伏線であると考えられる。本件覚書においては本件商標は問題になっていないのである。両者を結びつけることは全くのこじつけである。
3 さらに第一審判決は、明星食品に出荷する生麺の全部に本件商標を付していると判断しているが、これも誤りである。右生麺は業務用であり、明星食品株式会社系列の外食チエーン「味の民芸」(うどん店)に卸売りするものであるから、わざわざ本件商標を付する必要はなく、ノーブランドである。そのほか明星食品株式会社に卸売りする麺類には、相手方ブランド(例えば、「味の民芸手のべうどん(きしめん、そうめん)」、または「備中(特産)手のべうどん(きしめん、そうめん)」等)を付しているのである。
したがって第一審判決の右判断は完全な誤りであり、本件商標と本件覚書とを無理に結びつけようとした論理の欠陥がここに露呈したものと言うことができるのである。
四、
1 第一審判決は同(五)において「原告に対して生麺に限って本件商標を付した麺類の製造を認めた本件覚書…」と述べる(一八丁裏)が、この判断が誤りであることは前に何回も主張したとおりである。
2 本件覚書に本件商標の記述は全く存在せず、全く無関係である。本件覚書は文言どおり麺類の製造販売を拘束した協定に過ぎない。本件商標の使用は、全く別の次元の問題であり、本件覚書とは関係なく、以前から認められていたものである。
第四、 解除の効力について
一、 第一審判決は同判決書第三の三の3において「原告の右行為は、本件使用許諾契約の内容を構成する本件合意事項(二)に違反し、債務不履行を構成する。」と判断した(二〇丁裏)。
二、 しかし上告人が今まで詳しく反論したごとく、「本件覚書が本件商標の使用態様を限定した協定である」ことを前提として、論理を展開して来た第一審判決の判断は誤りである(すなわち本件覚書も本件合意事項も、本件商標の使用制限とは無関係である。)ことが明らかとなった。
三、 したがって本件合意事項(二)は本件使用許諾契約の内容を構成していないし、仮に上告人の右行為が本件合意事項(二)に違反したとしても、その違反の効果は販売差止めとか損害賠償請求の範囲にとどまるものであり、本件使用許諾契約の解除原因とはならないから、被上告人の主張する右契約解除は効力を有しないものと言わざるを得ない。 以上